2016-06-12
昨日は東日本大震災から五年三ケ月だったが
今日 6月12日は「みやぎ県民防災の日」だ。
1978年6月12日の夕刻マグネチュード7.4震度5。
「宮城県沖地震」
仙台市を中心に大きな被害をもたらした地震の発生した日だ。
38年前のその日、私たち家族は仙台市の中心部の借り家に住んでいた。
生憎夫は県外に出張中で留守。
それまでに経験したことのない大きな揺れに慌てて子供たちを抱えて庭に飛び出した。
電線が唸っているような 不気味な空気だった。
揺れは間もなく収まり、棚のものが落ちたくらいで済んだ。
(なぜか庭にあった石燈籠の一つが倒れていたが。)
ネットを探ると全体の被害状況は次のように記録されている。
死者:28名。
負傷者:一万名余
全半壊家屋:7400戸
停電:70万戸
断水:7000戸
電気、水道、電話は8日目にガスは27日目に復旧、信号機が止まり車の渋滞が起きた。
仙台の人口は当時、60万ほど。日本で初めての「都市型地震災害」と言われた。
被害の中で痛ましかったのは28名の死者が出たこと。
28名中18名の方がブロック塀の倒壊によるものだった。
この震災以降建築基準が改正されたり、ブロック塀も鉄筋を入れたり、安全性が重視されるようになり、
5年前の東日本大震災ではブロック塀の崩壊による死者はゼロだった。
しかし、熊本地震では崩壊したブロック塀が多く、死者も出たのは残念だ。
「宮城県沖地震」「東日本大震災」と二つの大きな地震を体験して 地震の怖さを忘れているわけではないが平和な日常の中で
緩みがちな防災意識を確認しなくてはと思った六月十二日だ。
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